最新のインフルエンザ戦略
   
   <平成18年版>   


 今年もインフルエンザの季節がやってきます。昨年は、12月から流行しましたが、今年はどうでしょうか。

 インフルエンザでも普通のカゼでも治療の原則は、“1に安静、2に栄養”です。「かかったかな」と思ったら、十分な睡眠と休養を
とるようしましょう。



最初は、予防・検査・新薬のお話しです。

 予防・検査・新薬

“基本的な予防策”

@.帰宅したら、必ず、うがい、手を洗う(ツメ、指間、親指)、顔を洗う
A.マスクをしましょう。インフルエンザは飛沫感染です。マスクは喉を保護するだけでなく、
   周囲への感染拡大を防ぐことができます。(マスクはエチケットです。)
B.加湿器を使用する場合、室内の湿度は50〜60%くらいが適度です。

 インフルエンザの治療は、ここ数年間で大きく変化しました。それは、インフルエンザの診断が容易になり、インフルエンザに効く薬ができたことです。
 インフルエンザに効く薬として、シンメトレル、リレンザ、タミフルの3種類があります。特にリレンザ、タミフルは、素晴らしい薬で、“人類が初めてインフルエンザより優位な立場に立つことができた。”といわれるほどです。
 リレンザ、タミフルは、ウイルスが増殖するときに必要なノイラミニダーゼ(NA)という酵素の働きを阻害する事によって、ウイルスの増殖を防ぎます。従って、ウイルスがあまり増殖しないうちに使用するのが効果的です。これら2剤は、A型、B型のみでなく、新型にも効果があるとされています。

 リレンザ、タミフルで治療された患者さんでは、
@.4人に1人(25%)が12時間以内に症状が軽くなったと話しています。
A.また、60%の人が、24時間以内に解熱しており、
B.70%以上の人が3日以内に通常の仕事に復帰しております。
  
 リレンザ、タミフルは、ウイルスの増殖を防ぐ薬ですから、インフルエンザにかかったら、できるだけ早く(発症48時間以内)使用された方が効果があります。急に高熱がでて、う〜んと調子が悪いときは、長々と様子を見ることなく早めに受診しましょう。


“診断キットと、リレンザ、タミフル”
インフルエンザ治療の革命!! しかし、新たな問題も

 診断キットと、リレンザ、タミフルの出現により、早期診断、早期治療が可能になり、インフルエンザ治療の革命といわれるようになりましたが、新たな問題も出てきました。診断キットは、ある程度インフルエンザウイルスが増えてこないと陽性(菌が見つかる)になりません。従来、発熱と同時に陽性になると考えられていましたが、そうではありません。最近の報告によりますと、「発熱したばかりでは陽性率が低く、発熱後24時間以内ではばらつきが多く、発熱後24時間経過すると陽性率が高まる。」ということでした。

 ところで、リレンザ、タミフルは、発症48時間以内に(つまり、あまりウイルスが増えないうちに)使うと効果があります。そうしますと、インフルエンザにかかったら、なるべく早く薬を使いたいわけですが、あまり早いとキットでは診断ができないという場合が出てきます。発熱後24〜48時間に検査してから薬を使用すればよいわけですが、インフルエンザは、発熱した段階でかなり重症です。(一度かかった人なら誰でもわかると思います。)この状態で24時間も待つわけにはいきません。診断キットは確かに有力ですが、これのみに頼ることなく、重症度、周囲での流行状況などから総合的に診断されるべきです。
 
 逆に、発熱した時点で、あまり重症でもないのに診断キットがあてにならないからといって、すぐ、これら2剤を使用するのも問題があります。薬は乱用されると、必ず耐性ウイルス(薬の効かないウイルス)が出現します。タミフルの耐性ウイルスは、A型のみでなく、鳥インフルエンザにもみられています。

 日本のタミフル消費量は全世界の60〜70%以上といわれています。耐性ウイルスの出現は日本に限ったわけではないのですが、やはり、使いすぎると出現しやすくなりそうです。もし、そういう状況で新型インフルエンザが流行したら本当に大変です。これら2剤は、できるだけ確実な診断に基づいて使用されるべきです。

 これら2剤は治療薬として大変優れていますが、予防薬としての使用は制限が多く、予防という観点からは、ワクチンが第1選択と思います。ワクチンは、個人においては重症化を防ぎ、集団においては流行を防いでくれます。また、ワクチンを接種した人の方が、接種しない人より治りが早い傾向が見られます。
 前述したように、発症直後ではインフルエンザの診断が難しいことも考慮すれば、やはり、インフルエンザ対策の第1選択はワクチンと思います。

 ワクチンで予防して、発症早期(48時間以内)に、これらの薬を使えば、罹病期間も短縮し、重症化を防ぐことができます。


次は、新型インフルエンザのお話しです。

 新型インフルエンザとは、

 A、B型インフルエンザウイルスの表面には、2種類の突起があり、それぞれ、ヘマグルチニン(HA)、ノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれています。HAは宿主に感染する時に働き、NAはウイルスが増殖する時に働きます。A型では、HAは15種類、NAは9種類あり、HAとNAの組み合わせから理論上15x9=135種類のA型が存在する可能性があります。

 毎年流行するA型は、A香港がH3N2、Aソ連がH1N1です。B型は、HA、NAとも1種類です。A香港(H3N2)は1968年に、Aソ連(H1N1)は1977年に、新型ウイルスとして登場し、毎年少しずつ変異しながら流行を続けています。

 新型インフルエンザが発生するには2つのしくみがあります。
 一つは、鳥インフルエンザが、人や鳥類の体内で変異し新型となって、人から人へ感染する場合。もう一つは、すでに存在している人インフルエンザ(A香港やAソ連)と鳥インフルエンザが、人や豚に同時に感染し、それぞれが混ざり合って新型になる場合です。この両方が同時に起こる可能性もあります。

 今、流行が懸念されているタイプは、H5N1で、1997年に香港で発生して以来、アジア各地で発生が認められています。はじめは、鳥→鳥の感染でしたが、次第に鳥→人の感染もみられるようになったため、これまでに1億匹を超える家禽類が淘汰されましたが、残念ながら撲滅することができず、定着した感があります。また、最近では、人→人の感染を疑わせる症例も確認されてます。本格的に人→人の感染をするようになると、鳥インフルエンザは、新型インフルエンザという名前になります。(H5N1が一番心配されていますが、他にもいくつか新型の候補があります。)

 なぜ、新型インフルエンザが怖いかというと、今まで人類が一度も感染した事がないため、全く免疫がなく、重症化し、大流行する可能性があるからです。

 新型インフルエンザが、大流行することを、“パンデミック”といいます。1918〜1919年にかけて発生した“スペインインフルエンザ”は、世界中で猛威をふるい、そのため、第1次世界大戦が早く終結したといわれるほどです。

 当時の記録では、流行の波が3波に分かれ繰り返し押し寄せました。第1波が一番患者数は多かったようですが、重症者は第2波の方が多かったようです。多分、感染を繰り返すうちにウイルスの病原性が増強するからでしょう。

 WHOは、インフルエンザ大流行を6段階に分け、各段階ごとに対策を立て、健康被害やパニックを最小限にとどめるように呼びかけています。

 WHOによるインフルエンザ大流行6段階

第1段階  人から新型のウイルスは検出されていないが、
 人へ感染する可能性を持つウイルスを動物に検出。
第2段階  人から新型のウイルスは検出されていないが、
 動物から人へ感染する危険性が高いウイルスを検出。
第3段階  人への新型のウイルス感染が確認されているが、
 人から人への感染は基本的にはない。
第4段階  人から人への新型ウイルス感染が確認されているが、
 感染集団は小さく限られている。
第5段階  人から人への新型ウイルス感染が確認され、
 パンデミック発生の危険性が大きく、より大きな集団発生がみられる。
第6段階  パンデミックが発生し、急速に感染が広がる。


 現在は、第3段階ですが、第4段階も時間の問題といわれています。

・第3段階の対策:薬の確保、診断・治療ガイドラインの整備など。
・第4段階の対策:流行地への渡航自粛、入国者の健診など。
・第5段階の対策:ワクチン、指定医療機関での治療、集会自粛(拡大防止策)。
・第6段階の対策:患者数の増加により、普通の医療機関でも診療が行われる。

★.大事なことは、第4段階から、第6段階までの間に「いかに感染の規模を小さくとどめる事ができるか」と言うことに尽きます。少しでも時間を稼ぎ、ワクチンの普及を待つことになります。

★.ワクチンは、世界の14社(日本からは4社が参加)が協同で開発を進めていますが、新型が出現してから作るため実際に接種できるまでは3〜6ヶ月くらいかかるといわれています。新型は、スペインインフルエンザのように何回も流行を繰り返すかもしれませんから、ワクチンができたら、早めに接種すれば第2波の流行には間に合うかもしれません。

★.タミフルは、今のところ新型にも効果が期待されております。しかし、タミフルの効かないウイルス(耐性ウイルス:前述)も出現しており、薬にばかり頼ってはいられないようです。

★.個人の防衛としては、前述したように、「うがい、手洗い、マスクをする」ことが大切です。もし感染したら、人に移さないようにマスクをしましょう。また、流行時は大規模集会の自粛なども提唱されていますが、学校、幼稚園、保育園などは、全て休学(園)にしなければ、感染は防げないように思います。


最後は、タミフルの副作用と、脳炎・脳症のお話です。

 タミフルと、副作用と、脳炎・脳症

 タミフルは大変効果のある薬ですが、“タミフル服用後に異常行動がみられた”という新聞報道がありました。本当にタミフルと関連があるのでしょうか?。

 タミフルの添付文書には、「精神・神経症状(妄想、せんもう、けいれん、嗜眠)が現れることがある」と書かれています。(ただし、頻度不明とのことです。)
 ところで、こどもの場合、高熱を出したときに、特にインフルエンザの場合<熱性せんもう>といって、幻視、幻覚をみて、異常行動をする事があります。例えば、「アニメのキャラクターや、動物が見えると言ったり、訳もなく笑ったり、意味不明の言葉を話したり、怖い怖いと叫んだりすること」があります。

 <熱性せんもう>は、決して心配なものではなく、脳炎・脳症を合併しなくてもみられますが、長い時間続いたり、意識障害が強まる場合は、脳炎・脳症の疑いもありますので、早めに入院可能な病院を受診して下さい。

 つまり、タミフル内服時の異常行動は、@.熱性せんもう A.脳炎・脳症 B.タミフルの副作用3通りの場合があることになります。一番多いのは、@.熱性せんもうです。A.脳炎・脳症は、年間100〜300人くらい。B.タミフルの副作用については、詳細不明です。それは、異常行動が熱性せんもうか副作用か区別できないからです。その患者を診た医師が、副作用と思えば副作用として報告し、熱性せんもうと思えば副作用扱いしません。発熱もなく全く健康な人にタミフル服用後の異常行動がみられれば副作用といえるかもしれませんが、残念ながらそのようなデータはありません。そのため、異常行動については可能性はあるものの、どの程度タミフルが関与しているか全く不明です。

 現時点での結論として、上記の新聞報道に対しては、「意識障害からくる異常行動は、インフルエンザによる脳炎・脳症の症状でもあり、タミフルの副作用とは言い切れない。」というのが、専門家の見解のようです。また、厚労省も「現段階で安全性に重大な懸念があるとは考えていない。」としています。

※脳炎と脳症との鑑別は厳密には難しいですが、一般的に、脳内に直接ウイルスが浸潤して、炎症を起こす場合を脳炎といい、脳内にウイルスが検出されず、免疫の異常が高度に見られる場合に脳症と診断されています。


 ところで、異常行動をきたすような脳症は、なぜ起こるのでしょうか。まだ、はっきりと原因が解明されていませんが、次のような仮説があります。

 ウイルスは、最初鼻粘膜に感染して、ここで増殖して全身に広がります。当然、脳内にもウイルスが侵入していると思われます。ところが、脳症では、脳内からウイルスが検出されたことは殆どありません。つまり、脳症はウイルスが直接脳内に侵入しなくても発症するのです。

 なぜでしょう。インフルエンザの病原性(毒性)は、きわめて強く、このため体を守る働きをする免疫系が強烈なダメージを受けます。免疫を調節し、体内に侵入した病原体を排除する物質を“サイトカイン”といって多くの種類がありますが、インフルエンザによって、サイトカインの働きがメチャクチャになった状態を、「高サイトカイン血症」といいます。

 脳内では、「高サイトカイン脳症」という状態になり、免疫が正常に機能しないため、細胞が障害を受け、全身状態が悪化します。その結果、血管が詰まったり、多くの臓器が障害を受けて、重症となります。

 鼻粘膜に一番近い脳は、側頭葉です。この側頭葉は<感情を調整する働き>を持っています。ですから、側頭葉が障害を受けると、情動の変化→異常行動がみられることになります。(ただし、異常行動は熱性せんもうの場合もあり、必ずしも脳症を意味しないことは、前述したとおりです)

 以上まとめますと、脳症の進行は次の四段階に分けられます。

@.ウイルスの感染と鼻粘膜での増殖
A.免疫系の障害→高サイトカイン血症
 (脳内では、高サイトカイン脳症→異常行動)
B.多くの細胞が障害を受け、全身状態が悪化
C.血管が詰まったり、多くの臓器の障害(多臓器不全)

 タミフルはウイルスの増殖を防ぐ薬ですから、@の段階で内服すれば、A以上の進行を防ぐことができると思いますが、すでに、Aの段階に進んでいれば、タミフルを飲んでも(飲んだら?)異常行動ということになるかもしれません


★.(追加)よく聞かれること:乳児(1才未満)へのタミフル使用について。

 乳児について、タミフルは、禁忌(使用してはいけないという意味)となっていませんが、薬の承認時に、乳児に関しては十分な使用経験がなかったため、添付文書には「乳児に対する安全性及び有効性は、確立していない」と記載されています。この記載は多くの薬品にみられる「決まり文句」のようなものです。 

 発売元であるロシュ社が行った動物実験で、生後7日目の幼若ラットに1.000mg/kg(体重1kgあたり1.000mg)のタミフルを投与したところ、重篤な副作用がみられました。この1.000mg/kgという投与量は、人の幼少児に対して通常使用する500倍の量です。どんな薬でも500倍も投与したら異常が見られると思いますので、この実験だけで乳児に対する危険性は判断できず、現時点では、「有益性と危険性を考慮しつつ慎重に投与すべき」とされています。